『ルポ貧困大国アメリカ』を読んで

 『ルポ貧困大国アメリカ』堤未果著:岩波新書を読んだ。アメリカ社会の中流階級が滅んで、一部の富裕層と大多数の貧困層になったアメリカ社会の現状を貧困児童の肥満ハリケーン・カトリーナの問題医療費で破産する中間層の問題学生の学費及び徴兵の問題民営化された戦争といった点から述べている。

 私が、世界をどう認識するのか、という点から西洋合理主義に疑問を感じ始めたのは、大学生の頃からである。その当時は特にアメリカに対してどうと言う感想も持っていなかった。最初に勤めた会社のアメリカ駐在員は、日本にいる社長よりもアメリカでより良い環境で生活していたと聞いたことがある。即ち、広い庭付きの家で日本よりも良い家電製品を使っていたということであろうか。そのことより当時、即ち、30〜40年前まではアメリカの中流階級は健全、要するに一般のサラリーマンの生活は比較的安定し、社会の健全性も保たれていたと想像できる

 さらに昔に戻って、ペリーの黒舟の時代。ペリーは日本を開国させるために日本と日本人の事を事前に徹底的に調べて来ている。いつも言う白人のねちっこさである。どちらかというと行き当たりばったりで行動する傾向の強い日本人とは異なっている。その時代にあって、ジョン・万次郎を救出したホイットフィールド船長は、彼に教育を受けさせ、立派な社会人に育てている。また、当時のアメリカの捕鯨船長達は難破しているところを救助した日本人漁民達を日本に返すために連れてきて、逆に日本から砲撃されたりしている。アメリカはインディアンを徹底的に迫害したりする一方で、中流階級の健全な民主的な精神も維持されていたと私は考えている。

 日本のバブルが崩壊して日本経済が沈滞していた当時、アメリカ経済は力強く伸び続けていた。アメリカには不況はもう来ないのではないか、などとまで言われていた。しかし、アメリカ経済は延び続けていたが、アメリカの労働者の実質賃金は減少し続けていたと知って驚いた。一体、アメリカで何が起こっていたのか。

 昭和60年(1985年)当時、日本はまだ古き良き時代だった。会社の中には、終日ほとんど仕事をしない年配者がごろごろしていたし、重要な役職者の挨拶の言葉はいつも同じで「安全第一を心がけ、前任者と同様に・・・・」と自分自身で新しい改革を行う意志など全くなかったし、その必要性もなかった。別の言い方をすれば、当時は会社にも余裕があった。改革しなくても、仕事をしない年配者に高い給料を払っても会社は潰れることはなかった。終身雇用制は健全であった。別に終身雇用制を絶賛している訳ではない。仕事をしない年配者がどうどうと存在していたのであるから、確かにおかしな社会であった。

 しかし、私が在籍していた約15年の間に1800人いた従業員は約1000人まで減らされて、全社員が仕事をする正常な会社になった。が、従業員は幸せになったか。昔のバスには男の運転手と女の車掌が乗っていた。現在のワンマンバスの2倍の従業員が乗っていた。それでも会社は従業員を食わせていた。昔の国鉄の踏切の遮断機の横には小屋があって、国鉄社員が遮断機の上げ下げをして、旗を振っていた。何とのんびりした風景か。だから大赤字で潰されたのかもしれないが。

 昭和60年にあの会社に転職してから私が失業と言う苦しい経験をするまでの間に世界は大きく変わった。まず、グローバル化の波が押し寄せてきた。まず、韓国、中国、台湾から格安品が入ってきた。それに対抗する為に国内でも製造業者は“乾いた雑巾から水を搾り出す”というようなコスト削減を実行した。それでも追いつかないから人件費の安い中国に工場を作って、製品を安い値段で輸入するようになった。

 ちょっと前まで日本人労働者の人件費は世界一高いと言われていた。本当かと疑いたくなる。世界一高い人件費の労働者が作った製品は世界一高い価格になる。それでは製品は売れない。それを克服するには、生産性を高めるか、人件費を下げるしかない。そこで自民党は何をしたか。大資本の圧力に負けて、端的に言うとワーキングプアという最低賃金の使い捨て労働者の存在を認めたのである。

 6月10日、朝日新聞夕刊に、8日に秋葉原で発生した派遣社員加藤智大容疑者による無差別大量殺害事件を受けて、舛添厚生労働相が派遣労働制度に触れて「大きく政策を転換しないといけない時期にきている。なんでも競争社会でやるのがいいのかどうか」と語ったと伝えている。市場原理主義は、全てを競争に任せておけば、世の中は進歩発展するという獣の思想だと私は言ってきた。今が転換の良い時期であると思う。

 『ルポ貧困大国アメリカ』に書かれている事実は、今から日本が突き進もうとしている未来の姿を現しているのである。この本に書かれている事が嘘なのか、否か、それは民主党候補者指名レースで敗れたヒラリー・クリントンの次の発言で分かるであろう。6月9日朝日新聞夕刊、7日午後の指名レースからの撤退宣言の中で「国民皆保険を実現し、きちんとした暮らしができる中産層をつくり、・・・・・・・・」と発言している。要するに現在のアメリカは、国民皆保険でなく、きちんとした暮らしができる中間層がいないことを端的に示しているのである。

 その疲弊したアメリカの後追いをさせようとしている連中がこの日本にいる方向転換するなら今しかないのに

(2008年6月10日 記)

TOPページに戻る